作品の撮影とトラウマ

 とにかく父の書道の作品の内、直ぐに飾れる掛け軸・額装済みのモノは、親戚や知人に何時でも渡してしまえるように、撮影なんぞをしています。
 一部巨大なモノは家に飾りっぱなしにするしか無いですが(´Д`;)
 本当はスタジオ撮影な機材があると良いんだけど、壁にシーツをって感じで、K-1のRRSと非RRSを切り換えて…(‘∀`)
 撮っておくだけなのもなんなので、どっかに公開しとこうかなとも。
 うーん、でも姓が実名だしな……自分は実名をあまりネットに上げないでいるので、実名垢でも作ってからかなとか考えたり。


 自分は芸術系は好きだけど、賞を取ったりとかそれで食っていく程の造詣などは持ち合わせていません。
 血筋的に、趣味としてやってる人は親戚にもいたりしますし、その一番が父親でした。
 写真をやってみて分かったのは、自分がモノ作りを本気でやって無い感。
 構図に独自性を出したり、追い込むような事はしないし、気楽に撮る事が常に頭にある。結果的に適当に感じるw
 それに好きでやるという自己満足であって、人に見せる事はあるけれど、特に誉められたいわけじゃ無い。
 だって誰でも似たような写真は沢山撮れるのだから。
 今回の書の作品撮るのだって……(^_^;)
 小さい頃は、たぶんその血筋によって自由に絵を描いたりしてました。
 が、ある時を境に黒歴史化します。
 それは、とある子供向けコンクールへの絵。時間制限があったのかな? 良く覚えてませんが、自由に描いていたら父の手が伸びてきたんです。
 自分の描いたモノが父が描いたモノになってしまった。
 それだけなら良いんですが、その作品が「特選」に入ってしまった。学校で表彰されることにもなった。
 あんな恥ずかしい思いは二度とゴメンだ――。
 あれを、これからもされるんだろうなと思ったら、もう描かない方が良いし、描いたとしても手を付けられないレベルにいた方が良い。
 幼いながらも、その時から、本気で没頭して描くなんて事はしなくなりました。
 漫画の真似事やら、お話書くことはあったけど、親には見られたくなかったかな。
 父は自身が好きなことと合わせて、ゴッホの絵のコピーなんかを飾っていたりしましたが、最後になると親戚が描いた人物画やら私が小さい頃に描いた水彩画まで飾るようになっていたのは、私に向けての何かがあったのかもしれません。
 ウザイだけですが(‘∀`)
 でも、ゴッホの絵は面白いですね。
 しかし、して欲しくないことをされたという思い出は、その後の自分の性格に強烈に作用しています。
 昔、特選に入った例の絵を見付けた時に、
 「あまり描かなくなったな、どうしてなんだ」
 「お父さんのせいじゃん。覚えてない? この絵で○○な事をしたからじゃん」
 「覚えてないわ」
 覚えてないとか、もうね(‘∀`)
 あれで完全に決裂しましたね。
 対外的には評価が高い父です。仕事で異動や退職した際に頂いたであろうメッセージカードなども感謝の言葉が沢山、大切に保管されていましたし。親戚からの評価も高い。
 ただし、家族内での評価はそんなに高くない。特に私の評価は低い。
 私の父への評価は、芸術性と、家まで建てたという事に対しての評価しかない。
 才能があったかどうかは分からないけれど、人の好きな行為を踏み潰した事実がある。自分が大人になっても酒を酌み交わす事すら稀で、話なんかまともにしなくなった事から、その辺薄らとは感じていたと思う。
 贖罪なのかなんなのか「あまり良い父親とは言えなかったと思うけれど」と、高価な腕時計を貰ったりもしたけれど、あんなモノで赦すものでは無い。
 それでもこれはすげーなと思うモノは残している。でも身内としては、見栄っ張りさが滲み出ている気がして……楷書なら兎も角、他がどうもね(‘∀`)
 一応はすげーと思ったし、記録として残しておきたいと思ったから、シャッターを切るけれど……。
 小さい頃は良くして貰ったんだけど、どうしてこうなったんだかな(‘∀`)

投稿者: しらいし じゅん

趣味に奔る人ですε=ε=ε=┌(;゚∀゚)┘

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