暖かくなってきた

日差しを求めて@午前

K-5 / DA40mm Limited (1/250 F2.8 ISO-160)

もう眠そうにしとる(‘∀`)

日差しを求めて@午後

K-5 / FA31mm Limited (1/1600 F2.8 ISO-80)

午後からは窓の外のベランダで。
風が強かったから隅っこに陣取った感じ。

ねむい

K-5 / FA31mm Limited (1/2000 F1.8 ISO-80)

久々の開放接近撮りな気が。

てな感じで今日の昼間は太陽撮ったり猫撮ったりですた。

【行けなきゃ】生命の可能性「スーパーアース」、銀河系に数百億個か ESO推定【意味無い様な?】

観測技術の向上で、こういう発見は次から次へと出てくるんだろうなぁ…。
夢見がちになってしまうんだけど、自分が小さかった頃に(主に鉄腕アトムや銀河鉄道999のような世界を)夢見たり、子供向け雑誌の挿絵の想像図にあるようなの21世紀の世界と、リアルな21世紀の世界は、かなり乖離している。
コンピュータ周りの技術が向上して、あの頃に想像した「カメラ、無線(または電話)、テレビなんぞが詰まった腕時計」なんて言うのは無くて、もう少し大きくて扱い易い携帯電話やスマホになっていたりするのは、なる程扱いやすさや駆動時間を考えると、この大きさで落ち着きそうだなと納得はするものの、例えばバッテリーの高性能化なんぞはまだ出来るんじゃ無いかと思っていたり(‘∀`)
あとはパソ通からインターネットになって、世界が近くなった事も子供頃にはISDNやらテレビ電話が普及するんじゃないかな程度にしか思っていなかった。
リアルで現地には行けなくても、ある程度の情報は家にいながら、散歩しながらでも手に入るようになり、また発信することも出来る様になった。
ネットのお陰で紙メディアが少しばかり衰退したけど、もっと衰退したのはCDとかだったりするところが面白い様な(゚∀゚;)
この辺のネットによる変革は今も起きているし、これから暫くは続くと思う。アラブの春はすげー…国内ではフジデモとか。
ただ、それ以外は大してあの頃と変わってないような。
特に宇宙開発の進歩は想像以上に遅かった。
やっと有人火星探査に行く計画や、月に人が行く(こっちは資源目当て寄り?)計画が出て来た感じで、ISSやらハッブルなんかを軌道上に乗せられるようになった。それらを主に運搬したスペースシャトルも退役しちゃったし。
自分が死ぬまでには最低でもプラネテスの作品世界よりもちょっと至らないかな程度にはなっていて欲しかったんだがなー。
例えば「魔法先生ネギま!」でのBlue Mars計画みたく、強制的なブレイクスルーなんぞがあればまた変わってくるんだろうけど、まず有り得ないからなぁ。
行かなくてはならない理由、プライオリティ…要は行ったことで得られる利益が低いんだよね。資源を求めるにしては時期尚早でもあるけど、ようやく月をどうこうしてみようかーな流れだし。
それに、宇宙開発がなかなか進まない理由は、漠然的に種としての限界かなーとも。
マクロ的で外を指向するものよりも、ミクロ的で内へ指向するものを発展させてきた感じがするんだよね。ナノテク、量子とか素粒子とか。
結局それが宇宙の生い立ちやらなにやらの解明に繋がるわけで、知見を得る意味では重要ではあるのも分かるけど、なんかそっちにシフトしすぎているというか。
あるいは人類っていうのは「未知の(そこにいては見れない)世界を見に行きたい」という衝動はあっても、ある程度「観測できて情報があるの所へ足を運ぶには、それ相応の理由が無いと」動かないのかもしれない。
良い例がこないだ転載したストリートビューでアマゾン探検が出来るって記事。
実際にそこの空気を吸ってみたいなら現地に行くしか無いけど、あれである程度満足出来るんだからねぇ…。
だから、このニュースみたく観測できたとしても、それは単に宇宙(今回は銀河)の構造の1つを解き明かしたに過ぎない。そこに見えているのだから、何の理由(利益)も無く行く必要は無いし、理由があっても今の科学技術レベルじゃ行けないけど。