【うちの】いまだに残る米国の“デジタル格差”【親もだな】

そんな感じの話題が今夜の夕食時にあったんだけどね…。
親「パソコンとかインタネットー使いたいけど、使い方が解らない」
私「興味あれば今までずっと農家やってて高齢になった人でも、始める人いるし」
親「興味はないけど、使えないと不便な時がある」
私「そんじゃ、しょーがないよ」
親「でも、今は前より簡単になったって言うよね」
私「ハッ、そんなわけネー(実際はも少し優しい言い方)」
親「(不愉快そうに)60過ぎても仕事で仕方なく勉強して使ってる人も」
私「そら仕事じゃしょーがないだろ」
親「でも使えないとブツブツ…使えると輪が拡がる云々…」
しらねーよ(´Д`;)
つうか、羨ましがっても自分から機械音痴であることを盾にしたり、自ら壁を作って、PCなりネットなりを理解したい、覚えたいていう姿勢を最初から持ってない様な人の愚痴なんか聞きたくもないわ。
PCやらネットが昔に比べて簡単になったというのは、単にUIが洗練されて「使い易くなった」だけで、決して「簡単に使える」とは限らない。
私「参考書読みながら弄ったり、パソコン教室なり行った方が早いよ」
親「…」
だいたいこういう人達は、マニュアルすら読もうとしない。
説明書なくても使えることが当たり前だと、今でも思ってる。
そういうのは電化製品の三種の神器とか新・三種の神器が出回ってた時代までだと思うんだが…。
解らなくなったらマニュアル読めと言えば、「読み方がわからない」とくる。
そうなってくると、もう何を教えようとしたって無駄。
記事の終わりには、デジタル格差のある人々に、何らかの手助けが必要と言えそうだ…なんて言ってるけど、身体的・物理的な障害があるならいざ知らず、最初から関わりを持とうとしないで、グチグチ言うような連中なんて、手助けするだけ無駄にしか思えないんだ(´・ω・`)